副社長は溺愛御曹司
バカみたいだ。

自分だけ、舞いあがって。


嬉しかったのに。

やっと、神谷をこの手に抱けて、すごく嬉しかったのに。

好きだと言ってくれて、年甲斐もなく心臓が跳ねたほど、嬉しかったのに。


ふいにトンネルに入り、窓の外が暗くなると同時に、自分の姿が窓に映し出される。

見るからにふてくされた、その顔に、嫌気がさして。

隣が空席なのをいいことに、舌打ちをしながら、ほおづえをやめて視線を正面に向けると、脚を乱暴に組み直した。





バカみたいだ。








「可愛かったろ、神谷ちゃん」

「神谷ちゃん?」



椅子の背もたれが立派すぎて、上着をかける感じじゃないなあ、と悩んでいると、兄が執務室に入ってきた。

ようこそ役員フロアへ~と陽気に口ずさみながら、デスクを回りこんで、ヤマトの肩を叩く。

決して地味ではないスーツを普段着のように着こなす兄を見て、いいなあ、さすがだなあと思った。

自分自身は、慣れないネクタイを窮屈に感じつつも、やはり背筋が伸びる感覚はある。

男の戦闘服って、言うもんな、とどうでもいいことを考えながら、部屋の片隅に、つくりつけのクローゼットを発見した。



「…誰それ、とか、言わないよな」

「誰それ」



こんなに壁と一体化させちゃ、見つからないじゃん、と心中で文句をつけながらクローゼットを開けると、中は見た目より広い。

職場に個室って、すごい贅沢だな、と改めて感動しながら、役職の重圧と、役員選を乗りきった解放感を交互に感じた。



「いてっ」



後頭部に軽い衝撃を感じて、振り向くと、丸めた資料を手に、兄がこちらをにらんでいる。



「お前の秘書だろ!」

「何が?」



なんの話? とその剣幕にぽかんとしながら尋ね返すと、昔から、似ていると言われたためしのない兄が、盛大なため息をついた。
< 154 / 210 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop