副社長は溺愛御曹司
vol.2
「あんなに開発フロアをふらふらして、兄貴、副社長とか、務まってるの?」
だって、落ち着くんだもん、と小さく言い訳すると、入社したばかりのくせに生意気な弟が、ふうとため息まじりの煙を吐いた。
「神谷さんも、ピリピリしてるだろうに。気の毒に」
「なんで、俺がふらふらすると、向こうがピリピリするんだ?」
予定のある時刻前には、絶対部屋に戻ってるし、本当に手が空いた時にしか行かないし、何も迷惑はかけていないはずだ。
そう思って言うと、和之は、床の上の灰皿に灰を落としながら、これみよがしに、またため息をついた。
そこに、お待たせーと延大が戻ってきた。
ガシャガシャとビニール袋の音を立てて、大量の酒類を下げている。
ヤマトと弟は、じかに座りこんでいた床から腰を上げると、玄関フロアまで手助けに行った。
今日は、ここでザコ寝だ。
眠気でつぶれるまで3人で飲んで、明日もきっと、起きたら飲むのだ。
ヤマトたちが育ったこの都内の家は、会社の近くに建てた家に、両親が移り住んだことで、空家になった。
けど、なんせ場所が便利なのと、3人にとってはここが実家なのと、新居のように立派すぎず、ほどよく落ち着くのとで。
結局、三人で費用を負担しあい、維持したままにし、電気も水道もガスも生きている。
人の住まない家は荒れるからと、月に一度は誰かが来て、掃除やら空気の入れ替えやらをすることになっていた。
それは、両親も息子たちも持ち回りで担当しているのだけれど、都合がつく時は、数人で集まり、酒盛りをする。
第1クオーターの決算も明るい見通しで終わり、今日は久しぶりに兄弟全員がゆっくりとくつろげる、夏休み前のひとときだった。
二階にあるヤマトと和之の個室は、使っていた頃とほぼ同じ状態で残っている。
なぜかというと、もう帰ってこなくてよろしい、と新居に息子たちの部屋を作ってもらえなかったからだ。
決して、想い出にと残してくれたわけじゃなく、行き場のない家具が、そのままこの家に滞留しているだけだ。
ちなみに延大の部屋は、大学進学と同時に家を出たあと、そのまま和之の部屋となったので、ずいぶん前から、すでにない。