副社長は溺愛御曹司
「残してった食器の中に、新居に移したいのがあるらしくて。今度いつ行くって訊かれたから」
「責任とって、出ろよ」
上ふたりに命令された和之は、はいはい、と素直に腰を上げて、リビングの片隅の床に置いてある電話をとる。
話しながら戻ってくると、腰を下ろすなり、はい、とヤマトに子機を差し出した。
「話したいって」
「………」
延大と和之が、あからさまにほっとしているのを苦々しく眺めて、くわえていた煙草を指に移すと、もしもし、と子機に話しかける。
『務まってるの、取締役とやらは』
「親父に訊いてよ」
『あの人が、仕事の話、してくれるわけないじゃない。また出張の予定、ないわよね』
知るわけないだろ、とビールを飲みつつ答えると、母親に向かって、その口調はなに、と叱責され、ごめんなさい、と素直に謝った。
この母は、一時は一般企業に勤めていたんだけれど、数年でそれをやめ。
友人と組んで、その世界では有名な作家に師事していた、キルトの製作販売会社を立ちあげ、社長をしていた。
子供ができたら結婚しよう、と言っていた父と母は、その言葉どおりに、延大が宿った時に結婚し。
母は、一時的に会社を友人に任せ、経営の最前線からは退いた。
すべての子供を産んだあと、全部男の子なら、家庭を切り盛りする理想の母親像を見せてやっても仕方ないわね、と。
再び社長業に就き、その際、以前と苗字を変えるのがバカバカしいという理由だけで、いきなり離婚し、旧姓に戻った女傑だ。
それが確か、和之が幼稚園くらいの頃だった。
離婚といっても、籍を抜いただけで、それまでと変わらず、家族と暮らしている。
ヤマトたちも、特に両親が離婚しているなんて、改めて意識することはない。
ただ、自分の奥さんは、こういう人じゃないほうがいいな、とは、子供の頃から、なんとなく思っていた。