副社長は溺愛御曹司
かしこまりました、とそっと書類を受けとる神谷を、見おろす。

延大が、フォーラムでの一件を面白おかしく語り、彼女を笑わせた。

秋の入り口にぴったりな、暖かいグレーのスーツを着て、渡した書類を胸に抱き、兄を見あげる神谷は。

これまでになく、強烈に「におい」を発している。


遠距離とかかな、と思っていた。

間隔が、あまりに開いていたり、まちまちだったりしたからだ。


けど、ここのところ、急に頻度が上がって。

そのぶん、においも濃くなった。


ゆうべ、神谷は、と彼女の綺麗な立ち姿を眺めて、何か想像しかけた自分を、慌てて制した。

もう、なんなんだろう、この能力は。

別に、いちいち気づく必要なんて、ないのに、こんなこと。

ていうか、気づきたくないのに。



…「気づきたくないのに」?



あれ?



預けたのと入れ替わりに渡された書類を手に、神谷をぼんやり眺めていると、ふと目が合った。

その細い髪は、ちょっと変わった手触りなのを、この間、なんの気なしに頭をかき回した時に、知った。


何かに気がついたらしい神谷が、いきなりヤマトのほうに手を伸ばしてきたので、思わず身体を引く。

糸だか髪だかが、襟についていたらしく、神谷は生真面目にも、それを払い落とさず、つまみとると。

ヤマトを驚かせたことに思い至ったのか、失礼しました、と申し訳なさそうに微笑んで、頭を下げて秘書室へと戻っていく。


神谷の少し冷たい、華奢な指先が一瞬触れた首筋に、手をやって。

ヤマトは愕然としながら、それを見送った。



「…俺、顔、赤くない?」

「赤い」



不思議そうにこちらを見てうなずく兄から、思わず目をそらす。
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