副社長は溺愛御曹司
きっかけは、ささいなことで。

いや、ヤマト的には、ささいなことで。


でも、神谷は、ずっと溜めに溜めてきていたんだろうことは、その時わかった。


ヤマトが積み重ねてきた小さな勝手が、積もり積もって、彼女の堪忍袋の緒を切ったらしい。

怒った神谷は、怖かった、本当に。

けど、怒ってくれるんだなあ、と感動もした。


自分も、プロジェクトリーダーから部長、事業部長と経験し、どんなに必要でも、人に対して怒ることの難しさを知っている。

ほめるよりずっと気をつかい、本音を言えば、怒らずに、見て見ぬふりをするほうが、よっぽど楽だ。

それでも怒るのは、相手に対して、変わってほしいという強い思いがあるからだ。

それが、相手にとって必要だと信じているからだ。


まあ自分の場合は、何かあるとストレートに神谷に迷惑がかかるので、単に、いい加減にしろということだったのかもしれないけど。

そして、あの神谷をここまで怒らせるって、自分は、いったいどれだけのことをしたんだろう、と今さらながら反省もした。



そして、思い至った。


自分が、副社長らしい副社長になれば。

神谷は、喜ぶ?


少なくとも、気が楽になる?



今までずっと、秘書という身に余る存在を、享受することから逃げていたけれど。

そんなわがままなこだわりを捨てて、神谷を、きちんと自分の秘書として、活用したら。

神谷を、喜ばせることができるだろうか。


そう提案したら、驚いたことに、神谷は涙ぐんで。

ヤマトは、自分の勝手さが、どれだけ彼女に不本意な思いをさせていたのか、ようやく気がついた。

たまらなく申し訳ない気持ちになり、だけどこれからも、きっと自分はいろいろと迷惑をかけるんだろうなという気がする。


まあ、そうしたら、また神谷が叱ってくれるだろう。

これまでの人生で、自分が、行動を起こす前にあれこれと考えるのが苦手なことは、わかっているし。

31年間それだったんだから、今さら変えられるとも思えないしで。

結局、何か間違うたび、怒ってもらうしかないんだろうなと思った。
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