副社長は溺愛御曹司
なんでだ?

別にもう、なんとも思ってないのに。

当時ですら、特に好きとかそういうことも、なかったのに。

それって、そんなに嫌なもの?


なんだか乱暴な手つきでカップを洗う神谷を見つめる。

まあ、こんなふうに機嫌を損ねるってことは、こっちに気があるってことだから、喜んでいいんだろう、きっと。

でも、ちょっと待てよ、と壁にもたれながら、気がついた。


高校も大学も都内で、職場もその近辺であるヤマトの交友関係は、エリアが非常に限られている。

要するに、過去の女の子との遭遇率は、確実に、低くない。


やましいと思ったこともなかったので、今まで気にしていなかったけれど。

神谷がこの調子だとすると、ちょっと、面倒なことになりそうだな、といまさらながらに思った。


手早くカップとソーサーを拭いて、戸棚に片づけた神谷が、振り返って、ぎょっと足をとめる。

ヤマトがまだそこにいるとは、思わなかったんだろう。



「気にならないくらい、俺を好きになるとか言ってたのは、どうなったの」

「会社でそういうこと、言わないでいただけます?」



じゃあ、会社でそういう態度、とらないでもらえます?

そう言ってやりたくなったけれど、さすがに大人げないと思ったので、やめる。

けれど神谷は、ヤマトの言いたかったことを理解したらしく、不本意そうにぎゅっと眉を寄せて、頬を染めた。



「あんまりこういうことが続くと、気持ちもくじけます」

「俺だって、神谷の中の、元彼と、戦ってるんだよ」

「嘘つかないでください」



よくわかったね、と驚くと、神谷が、はあと沈鬱なため息をつく。


戦ってるつもりなんて、毛頭ない。

完全に、勝った気でいるのが、事実だ。

だって、何ひとつ、負けてない、たぶん。


まあ、どうやっても不利なのは、年数くらいで。

それだって、今後追い越していくに決まってる。
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