副社長は溺愛御曹司
そういう神谷は、可愛い。

笑っているのの次くらいに、可愛い。


意地っ張りで、頑固で。

思いこみが激しくて、肝心な時に、鈍感で。



こんなに好きになった子、初めてなのに。

何度そう言っても、神谷は信じない。


でもいい。

信じさせるまで、言い続けるのも、楽しいから。



年度内には、神谷の後任が決まる。

自分の秘書でいてくれるのも、あと少し。


さみしいけれど、楽しみでもある。

神谷が、ようやく、本望だった開発で、能力を発揮する姿を、見られるのだ。

早く解き放ってやりたいけれど、もう少し、専属の秘書でいてほしいというわがままな気持ちも、正直、あった。


誰にも邪魔されることのない、ふたりで一組の世界。

部下でもアシスタントでもない、独特のポジション。



ねえ、ありがとう、神谷。

俺の、秘書でいてくれて。


散々、迷惑をかけて、わがままばかり言って、そんな俺を、ずっと支え続けてくれた。

神谷のおかげで、頑張れたよ。

神谷のおかげで、自分でいられた。


神谷にとっても、俺が、そういう存在であれたらいいんだけど。

そのへんは、正直、自信ない。



少し、ソースを引っぱり出して遊んでいると、あっという間に時間がすぎた。

ドアの向こうに、かすかな足音を感じて、手をとめる。


トントン、と聞き慣れたリズムの、優しいノックの音がして。

失礼いたします、と礼儀正しく断って、顔をのぞかせた神谷と、目が合った瞬間、お互い笑った。



「お客様が先ほど、お見えになりました」

「じゃ、早めだけど、行こうかな」



時計を確認して、立ちあがると、さっと神谷がクローゼットに向かい、背広をとった。

神谷が広げてくれる上着に、袖を通す。
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