副社長は溺愛御曹司
──って、思ってたんだけど。
「ええと、池田(いけだ)さん、でいいんだよね」
「はい」
念のため、池田早希(さき)です、ともう一度名乗った。
先輩は、にこりとうなずくと、私の手を引いて、校舎横にある雑木林を奥へと進む。
足元にどっさり溜まった赤茶色の落ち葉は、私たちが足を動かすたびにパリパリと割れて。
木枯らしに反応しては、カサカサと乾いた冬の音を発した。
夏のブロック大会にて、1種目で個人優勝した先輩は、インターハイに出場して、夏休み明けには、ちょっとした有名人になった。
学校でプールを保有しておらず、近所の区営プールを借りて練習しているわりに、うちの学校の水泳部はそこそこ強い。
けれど、インハイ選手が出るのは久々で、学校が名前入りの懸垂幕をつくるというのを、絶対やめてと先輩が嘆願したと聞いた。
その年も、水泳のインターハイは、お盆明け頃にテレビ中継されて、当然ながら、私もそれを見た。
準決勝まで進んだ先輩は、水泳の知識のかけらもない私には、綺麗な身体だな、くらいの感想しか抱くことができず。
だけど、いつもにこにこしている印象の先輩が、名前を呼ばれて片手を上げ、静かに返事をした時は。
ゴーグルで、優しい目元が隠れていることもあり、なんだか近づきがたく思えて。
早く、いつもの先輩を見たいな、と思ったのを覚えている。
部活も引退し、先輩が毎日早く帰ることを知っていた私は、今日、ルールにのっとって、誰もいない昇降口で彼をつかまえた。
誰も見ていないであろう、校舎横に移動して、1年生の時からずっと好きでした、と打ち明けると。
先輩は、ちょっとびっくりしたように、目を丸くして。
私をじっと眺めると、にこっと笑った。
「ありがと」