副社長は溺愛御曹司
──俺、世話係が欲しいわけじゃないよ。
初めてお茶を出した時、ありがとう、と礼儀正しく受け取りながらも彼は言った。
『お茶なんか、いつも飲みたいわけじゃないし、欲しけりゃ自分で買う』
そんな暇があるなら、少しでも取引先の情報を集めて、スケジュールの無駄をなくして、俺に時間をちょうだい。
役員机としてはシンプルな、けれどソフトウェアメーカーという業態にはふさわしい、黒い重厚なスチールのデスクに腰かけて、快活な瞳が、悪びれずにそう笑った。
* * *
「神谷(かみや)さん」
少し遠い声とともに、ゴンゴン、と私の横のガラスが叩かれる。
廊下に見えた長身の影は、副社長だ。
私は慌てて席を立ち、ガラスの壁を回って廊下に出た。
「内線でお呼びください」
「このほうが手っ取り早いだろ」
あのさ、と勝手に話を始める。
廊下に立ったまま。
堤大和(つつみひろかず)、31歳。
ソフトウェア事業部長だった彼は、半年前に今のポジションにつき、それ以来私は、彼づきの秘書をしている。