副社長は溺愛御曹司
誰もが彼を「ヤマト」と呼ぶ。

ひとつには、彼自身がそう呼ばれて育ったからだ。

自己紹介ですら、気を抜くと「堤ヤマトです」と名乗るくらいだから、相当に本来の読みを忘れかけているんだろう。

また父親であるCEOをはじめ、彼の兄弟もこの会社に在籍しているため、苗字で呼ぶと誰が誰だかわからなくなるからでもある。

そして何より、彼自身がいかにも「ヤマト」という響きにふさわしい爽快な好男子だからだと、私は思っている。

副社長に男子っていうのも、あれだけど。



「杉さんから回ってきた、CS番組のインタビュー、あるだろ」

「はい、月末のですね」

「あのインタビュアーの来歴を、調べといてくれないかな」

「ご用意してあります、お待ちください」



杉さんというのは、杉田社長のことだ。

全体的に、肩書に比べて年齢の若いこの会社では、誰かを役職名で呼ぶことは、まずない。


資料を取りに、デスクへ戻った。

今日のマーケ会議が終わったら渡そうと思っていたところだった。

昨日まで彼は立て込んでいたので、あまり先の資料は、あえて渡さずにおいたのだ。

廊下に戻り、インタビュアーのプロフィールに、過去の取材記事を添付しておいたものを渡すと、彼は目を見開いて、さっすが、と高校生のような物言いをした。



「ふうん、歯に衣着せないほうか」

「はい、過激とまではいきませんが。ポジションはどちらかというとアンチメジャーですね」

「うちの味方かどうかは、微妙なとこだな」



相変わらず立ったまま資料をめくりつつヤマトさんがうなずく。

目を資料に走らせながら、よし、とにやりと笑った。



「とりあえず、言いたいことは言わせてもらえそうだ」



満足げに微笑んで、ありがと、と資料を振ってみせると、廊下の奥の副社長室に颯爽と戻っていく。

水泳でインターハイまで行ったというその身体は、いかにも体育会系で、引きしまって身軽そうだ。

黒い髪をさっぱりと短くして、言動のせいか、歳より若く見られることが多い。

フランクで気さくで、役員というより、部活の先輩か何かのような風情の人。

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