副社長は溺愛御曹司
席に戻ると、電話があったよ、と先輩秘書がメモをくれた。

会食先の取りまとめ役の秘書さんからで、すぐに折り返すと、メンバーに変更があったとの連絡だった。


その方の肩書きと名前を控えて、電話を終える。

覚えのある名前だったので、自社製の名刺ファイリングソフトから、それを呼び出した。

思い出した、まだヤマトさんが就任する前、一度来社された方だ。

ヤマトさんは初対面になるので、名刺をプリントアウトし、外見の特徴をペンで書きこむ。


大柄、白髪まじり、眼鏡、金の指輪、大きな声、あまりよくない滑舌、豪語癖…と、気づいたら容姿だけじゃなくなってしまった。

まあいいや。


ヤマトさんは、もとが技術職なせいもあってか、人を覚えるのがあまり得意じゃない。

記憶力は抜群なのに、シャイというか、人間をじろじろ観察したりするタイプではないらしく、言えば必ず思い出すんだけれど、頭の中で、どうにも人の顔と名前を整理できないみたいなのだ。



『まずいよなあ、これじゃ』

『そういう時のために、私たちがいるんですよ』



就任後、少しした頃、デスクにほおづえをついて漏らす彼にそう言うと、初めてそのことを知ったとでも言うように驚いた顔をして、「そうなの?」と訊いてきた。


その時、改めて気がついた。

彼は秘書のなんたるかが、わかっていないのだ。



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