副社長は溺愛御曹司
あまりに見慣れない姿に、呆然とする。

だって、水泳部員だよ?

ていうかCEOも、むしろアンチスモーカーだとばかり思っていた。



「商談相手のどこに嫌煙家がいるか、わからないだろ。だから仕事中は絶対に吸わないようにしてるんだ」



持ち歩いてもいない、と夜風に煙をふうっと吐きながら言う。

だから、あんないきなり買ったのか。



「兄貴は、ああいう仕事だから別だけど。親父もビジネスの場では、絶対に吸わないよ。ナメられても仕方ないからな、喫煙者は」

「そういうものですか」

「欧米では、自分をコントロールできない奴って見られて終わりだよ。いずれ日本も、そうなるだろ」



じゃあ、やめたらいいのに。

ついそう口から出ると、ヤマトさんが煙草をくわえたまま、顔をしかめた。



「ヤマトとしては、人の嗜好に文句つけんな、と言いたいわけで」



すねたようなその言い草に、私は夜であることも忘れて、声をあげて笑った。

偉そうなこと言ってたのは、副社長の部分なわけですね。



副社長になった理由を聞きそびれちゃったな、と思いつつ歩いていたら、マンションが見えてきた。

ここでいいです、とヤマトさんを振り仰ごうとすると、手が頭に伸ばされる。



「髪、いつもと違うの、いいね。和華さん、すごいなあ」



和華さんは、くせのつきにくい私の髪を器用に巻いて、ルーズに編みこんでくれたのだ。

どうなってんの? と口から煙草を離してのぞきこむので、うしろの編んである部分を見やすいよう顔を傾けると。

頭皮に鋭い痛みが走って、ブチブチっと髪の切れる音がした。

痛っ! と思わず声をあげると、えっ、とうろたえた声がする。



「あ、ごめん!」

「大丈夫です、すみません」

「ちょっと、とまってくれる?」


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