副社長は溺愛御曹司
「神谷ぁ」
廊下からヤマトさんに呼ばれ、どうしてガラスを叩かないんだろうとそちらを見た私は、仰天した。
和華さんが悲鳴をあげるのが聞こえる。
「どうなさったんですか」
「ハードディスク取り出そうとしたら、切っちゃった」
私はデスクの救急箱を引っつかんで廊下へ飛び出し、自分のハンカチでヤマトさんの手を押さえた。
ワイシャツの袖口が染まるくらいの血が、手のひらから流れ出ている。
もう、ついこの間も利き手を怪我したばかりのくせに。
小学生みたいな負傷頻度だ、この人。
「このまま押さえて、お部屋へお戻りください。すぐ参ります」
「ごめんね」
特に痛くはないんだろう、胸の前で右手を押さえながら、けろりとした様子でヤマトさんが戻っていく。
私は秘書室のキャビネットから新品のタオルをいくつかとり出して、あとを追いかけた。
「何、なさってるんですか、もう…」
「購買部が、新しいマシン入れるっていうからさ、1台回してもらったんだよ」
「そういうことを伺っているのでは、ありません」
ぴしゃりと言うと、むっつりとヤマトさんが黙る。
薄手のタオルが完全に汚れるくらいの血をふきとると、傷は中指と人差し指の間から、手のひらの真ん中あたりまで走っていた。
裂けたようなその傷はそこそこ深いらしく、押さえていないと血がにじみ出てくる。
けど病院に行くほどではなく、私はほっと息をついた。
私たちが座っているデスクの足元には、フタの開いたPCの本体が横になっている。
付近のカーペットには、点々と血が落ちていた。
クリーニング、頼まなきゃ。