副社長は溺愛御曹司
「すずちゃん、ロビーでヤマトさんを見かけたんだけど、髪、濡れてたわよ」
「ええっ」
秘書室に戻ってきた暁さんの言葉に、久良子さんと和華さんがどっと笑う。
もう…。
時間を忘れて泳いでたんだろう。
キャビネットからドライヤーとタオルを出しているうちに、エレベーターが鳴って、ヤマトさんが駆けてきた。
廊下に出て呼びとめると、不思議そうに振り返る。
「事業部長とお会いになる前に、髪をなんとかなさってください」
「いいよ、ほっときゃ乾くし」
「ダメです。何かと思われるでしょう」
硬くてまっすぐなヤマトさんの髪は、濡れていても、手ぐしでうしろに梳いてしまえば、いつもと変わらず形が整ってしまう。
けど明らかに濡れているので、このままじゃ、どこで何をしてきたんだって感じだ。
「聞きいれていただけないのでしたら、お打ち合わせの間にスイミングバッグの中身を洗わせていただきます」
切り札を出すと、ヤマトさんがうろたえた。
さすがに素肌に身に着けるものをいじられるのは恥ずかしいらしく、一度もさわらせてくれたことがない。
わかったよ、と渋々ドライヤーとタオルを受けとり、じろっと私を見て、捨て台詞を吐いた。
「お前、ちょっと、口うるさい」
「口うるさい!?」
さっと役員室に消えた背中をにらみつけながら秘書室に戻ると、3人が笑い転げていた。
大笑いなんて日頃しない暁さんまで、顔を覆って涙を浮かべている。
まあ、ヤマトさんがすっきりした顔をしていたので、とりあえずは安心した。
席に戻った私は、絆創膏を貼りかえるために救急箱を用意しながら、再び思考の世界へと舞い戻ってしまった。
この楽しさと引きかえに、開発に行くという夢が、いよいよ叶う。
私はそれを、望んでいるんだろうか。