副社長は溺愛御曹司
はい、という声を聞いてから役員室のドアを開ける。
機材のそばではフタつきの飲み物以外飲まない、というヤマトさんのために、出す飲み物はすべてボトルだ。
温かいコーヒーのボトル缶を机の端に置くと、ありがと、と声がした。
「難しいもんだね」
「どうなさいましたか」
A4の文書を手に難しい顔をしているヤマトさんを、デスク越しに見る。
「神谷の、後任の求人」
どきん、とした。
ヤマトさんが開発に行かせてくれると言ってから、もう半月ほどになる。
その間、人事部とヤマトさんは秘密裏に動いてくれて、まだ秘書室内でも公にならないまま、新たな秘書の求人が始まっていた。
「たとえば神谷は秘書採用じゃないけど、これだけよくやってくれるだろ。俺としては、そういう人にも、来てほしいんだけど」
「人事部が、ダメと?」
そう、とほおづえをついてヤマトさんがふてくされる。
「資格と、実務経験が必須だって。でも、そういう人の面接とかしても、ピンとこないんだよなあ」
もう、面接まで進んでいるのか。
私はなんだか、足元がゆらゆらとおぼつかないような気分だった。
後任、という言葉を聞くたびに、なんだかどこかを撃たれたような衝撃に襲われる。
“そういう人”なら、いいんだ。
私じゃなくても、いいんですね。
当たり前だけど。
私が言うことじゃ、ないし。
当たり前、なんだけど。