副社長は溺愛御曹司
秘書技能検定も、1級ともなると、合格者が少ないだけでなく、そもそも受験者も少ない。
都内の試験会場の、控え室に集まったのは、私と久良子さんたち3人以外には、数えるほどだった。
この会場の合格率が、異常なことになってしまうんじゃないだろうか。
久良子さんたちは、試験勉強ではなく、持ってきたノートPCで仕事をしていた。
余裕だなあ、というよりマイペースだなあと感心する。
しーんと静かな控え室がいづらくて、私は廊下に出た。
自動販売機の前のソファで、少し集中しようとテキストを広げる。
それを眺めているうち、あ、そうだ、と思い出した。
来月頭の、関西への出張の際、ホテルの部屋を喫煙にするか、ヤマトさんに訊かなきゃ。
これまで、何も考えずに禁煙の部屋をとっていたんだけど、それってもしかしてストレスだったんだろうか。
もう、言ってくれればよかったのに。
CEO、社長らと行くこの出張は、毎年恒例の、同業他社が集まる首脳会議のようなもので。
京都に本社を置く、最も大きなメーカー主催で行われるため、会場もそのお膝元となる。
2泊3日の強行軍で、去年も一昨年も私は、当時の副社長に随行した。
それが終わると、役員たちはようやく年末モードに入ることができる。
でももしかして、その頃は。
私でなく、次の秘書が、ヤマトさんに同行しているんだろうか。
目がテキストの上を素通りしはじめたので、あきらめて閉じた。
私、何が一番ほしいんだろう。
考えないと。
本当に、後悔する気がする。