副社長は溺愛御曹司
* * *
「ヤマトの奴、いる?」
「今、CEOとお話し中です」
親父が来てんのかあ、と延大(のぶひろ)さんが頭をかいた。
ヤマトさんのお兄さんだ。
元から茶色いらしい、くせのある髪を襟にかかるくらい伸ばし、ストライプの効いた濃紺のスーツに、キャメルの靴。
ラテンの血でも入っているんだろうかというような浅黒い肌に、彫りの深い顔立ち。
ひとことで言うと、うさんくさい。
「じゃあこれ、渡しておいてもらえるかな、提携予定先との契約準備書。第2稿だけど、あと数回は行き来させたいね」
「かしこまりました」
A4サイズのずっしりした封筒を受け取って、今言われたことを付箋にメモする。
私のデスクに延大さんが軽く腰をかけて、ヤマト、どう? と訊いてきた。
「秘書業務に関しては、相変わらずです」
「ごめんね、頑固一徹な体育会系の弟で」
あいつ、脳みそ筋肉だから、と息をつく延大さんに噴き出した。
「あまり、世話を焼かれるのがお好きじゃないんでしょう」
「単にアホなんだよ、殴っていいよ」
殴れません。
そう笑っているところに、カーペットを踏むこもった足音がして、CEOが副社長室から姿を現した。
ざくざくと小気味よく歩く姿は、とっくに還暦を迎えた年代には珍しいくらいの長身で、体型もほとんど緩んでいない。
綺麗なグレーの髪に、いかめしいワシ鼻。
この渋いCEOに憧れる女性社員は多い。
廊下を通りすぎるCEOに、延大さんがさっと机から腰を上げ、頭を下げはしないものの、直立して見送る。
続いてヤマトさんが顔を出して、軽快にガラスを迂回して秘書室へ入ってきた。
私は席を立ってデスクを回り込み、それを迎える。
「神谷さん、これよろしく。何やってんだ、兄貴?」
「契約準備書、神谷ちゃんに預けたから、あとで見とけ。親父、なんだって」