副社長は溺愛御曹司
そっか、と言いながら、綺麗にお箸を使って白身を口に運ぶと、うーんと考えこむように視線を宙にさまよわせる。



「お話しなさりづらいことなら、いいんです」

「いや、そうじゃないよ。ただちょっと、恥ずかしくて」



恥ずかしい?

確かにおいしい焼酎を飲みながら、どう恥ずかしいんだろうと思っていると、神谷ならいいかあ、とヤマトさんが笑う。

それでも、少しの間、食べるでもなく、お箸でほっけをいじりまわしていた。

本当に恥ずかしいんだな、これは。



「俺、親父の恩に、報いたいんだよね」

「恩、ですか」



そう、とうなずくヤマトさんは、お皿に目を落としたまま、私を見ない。

ついにはお箸を置いて、いつの間にか買っていたらしい、新品の煙草を取り出した。



「俺、昔からほんと、専門バカでさ。数学くらいしか、できなくて。でも親父の影響で、コンピュータは好きだったわけ」



火をつけて、煙を吐きながら、ちらっと私を見るその顔は。

すねているようにも見えるけれど、おそらく、照れているに違いなかった。

数学くらいしか、と言いつつ、相当いいところの国立大の出のはずだけど。

逆に、どれだけ天才的に数学ができたの? と言いたくなる。



「俺に、プログラマって道を気づかせてくれたの、あの人だからさ。親父のつくったこの会社を、強くしたいんだよ」



大きくっていうよりね、と補足しながら焼酎をひと口飲む。

ああ、わかる。

「負けない」企業にしたいって、うちの会社の幹部の口ぐせだもんね。

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