副社長は溺愛御曹司
「親父の年齢考えると、まあ第一線にいるのも、あと数年だろ。リタイアする時に、身内がトップにいたら、安心じゃん」
「それで、このタイミングで副社長に?」
「そう。執行役員時代に、縦横のつながりつくって。取締役会で有利なようにね」
腕を組んで、テーブルをじっと見ながら煙草をくわえるヤマトさんは、もはや飲み食いすることを忘れてしまったようだった。
私は、運ばれてきたムネ肉の焼き鳥を、彼の手の届きやすい位置に置いて、うながした。
ありがと、と言って手を伸ばしたヤマトさんは、ひと口食べて、串を手に持ったまま、また煙草に戻ってしまう。
「杉さんも、上昇志向の強い人だから、いずれ他社に行くだろ。その時に、後任になれるといいんだけど」
「和華さん、厳しいですよ」
あえて少し脱線させてみると、自分づきの秘書が彼女になることを想像したんだろう、そうだね…と小さい声がした。
「でも以前、自分の考えで会社が動くのは、怖いって」
「怖いよ」
「でしたら、どうして社長に?」
だって、と目を見開いたヤマトさんが、ようやく顔を上げて私を見た。
「じゃあ他に、誰がやるの」
はにかむように、そう笑う。
私は、たまらなく愛おしいような、幸せな気分で、つられて笑った。
そうですね。
ヤマトさんしか、いないです。
誰よりも会社を想って、自分を信じて、貫ける人。
社長と副社長の間には、責任という点において、無限の隔たりがあると聞く。
どれだけ孤高の存在だろうと思うけれど。
それでもそこに、信念を持って、乗りこんでいける人。