副社長は溺愛御曹司
会食先で受け取ったらしい名刺を私に渡すと、その契約の話だよ、とヤマトさんが顔をしかめた。



「俺の出した条件が、弱腰だって」

「そうでもないと思うけどね」

「だろ、妥協してるわけじゃない、必要な譲歩だ。長期的に見たら、必ずそのほうがメリットを出せる」



両手をポケットに入れて立っているヤマトさんの目が、ふいに鋭くなった。



「ベンチャーは終わる。もう一度、大組織の時代が来るよ。俺たちは、横とつながっておかないとダメだ」

「俺もおおむねは同意見だよ」



腕を組んで同意する延大さんに、ヤマトさんが再びふてくされたような声を出す。



「じゃあ兄貴も、親父を説得してくれよ…」

「それは、お前の仕事」



にやっと笑って、頑張れVP、と弟の頭をぐりぐりとかき回すと、延大さんはガラスの向こうへ出ていった。

それを恨めしげに見送りながら、ヤマトさんがもつれた髪を片手で無造作に直す。



「名刺、ファイリングしておきますね」



その背中に声をかけると、彼は私の存在を思い出したように振り返って、頼むね、と照れくさそうに笑い、自分の部屋へ戻っていった。


こういうことがあると、ヤマトさんは家族経営のお人形役員とも見えるけれど、まったくそんなことはない。

この会社の設立者であるCEOは、3人いる息子たちを、全員自分の会社で修行させることを信条にしていて、それに伴い、彼らを特別扱いした社員には罰則を与えるというお触れを出した。

そんなこと言われたら、逆に恐ろしくて誰も近づけない。

たぶん、そういう逆ひいき的な針のムシロに、あえて息子たちを置きたかったんだろう。

あまのじゃくなCEOらしいやりかたで、誰もが息子たちに同情した。

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