Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
「えー…何それ。尚哉、歌わないの?」
彼のこんなマイペースぶりは今に始まったことじゃないから、慣れている。
「あとで歌うかも…」
尚哉は目をつむり、小さなあくび混じりに言った。
奈緒子は、リモコンで曲を選び出し、送信する。
カーステレオでもよくかかる尚哉の大好きな曲。
二人でカラオケをやる時には、いつも奈緒子にリクエストする。
『三日月』の前奏が始まった。
歌いながら、思う。
ーー横になりたいなら、
カラオケじゃなくたっていいのに。
もっと別の場所でもいいのに。
…二人だけでゆっくり出来る場所。
休日、二人で出掛けても、どんなに夜遅くなっても尚哉は絶対そうしない。
せっかく二千円もするレースのパンティを着けていても、それに彼が触れることはない。
ーー広島から、来るんだ…
そのセリフを発音する時、尚哉はいつも嬉しそうだと思う。
今夜は暗くて、よく分からなかったけれど。
奈緒子が1曲、歌い終わらないうちに尚哉は小さな寝息を立て始めた。
閉じた目の長い睫毛が小さな秘密のように思え、愛おしくなる。
奈緒子は、尚哉の軽くウェイブのついた黒髪をそっと撫でた。