Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


「えー…何それ。尚哉、歌わないの?」


彼のこんなマイペースぶりは今に始まったことじゃないから、慣れている。


「あとで歌うかも…」


尚哉は目をつむり、小さなあくび混じりに言った。


奈緒子は、リモコンで曲を選び出し、送信する。


カーステレオでもよくかかる尚哉の大好きな曲。

二人でカラオケをやる時には、いつも奈緒子にリクエストする。


『三日月』の前奏が始まった。


歌いながら、思う。



ーー横になりたいなら、
カラオケじゃなくたっていいのに。

もっと別の場所でもいいのに。

…二人だけでゆっくり出来る場所。



休日、二人で出掛けても、どんなに夜遅くなっても尚哉は絶対そうしない。

せっかく二千円もするレースのパンティを着けていても、それに彼が触れることはない。


ーー広島から、来るんだ…


そのセリフを発音する時、尚哉はいつも嬉しそうだと思う。


今夜は暗くて、よく分からなかったけれど。


奈緒子が1曲、歌い終わらないうちに尚哉は小さな寝息を立て始めた。


閉じた目の長い睫毛が小さな秘密のように思え、愛おしくなる。


奈緒子は、尚哉の軽くウェイブのついた黒髪をそっと撫でた。



< 113 / 216 >

この作品をシェア

pagetop