Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


尚哉の部屋は、1階の玄関上がって
すぐ左手にあった。

古い木造の家で、トイレ、風呂、台所も1階あった。


トイレや風呂を使うために、奈緒子が下に降りると、時々、ガラスの引き戸の向こうにある台所に立つ尚哉の姿を見ることがあった。


その頃、尚哉はよく焼きそばを作っていた。


包丁がまな板に当たる音。

油がパチパチはぜる音。

立ち上る湯気。


美味しそうなソースの匂いが鼻腔をくすぐる。



(お腹が空いたな…お昼、パンだけだったし…)


奈緒子は唾を飲んだ。


階段や廊下の床がきしむ音で、奈緒子が下に降りてきたのは、わかるはずだ。


それなのに、決して尚哉は振り返り、奈緒子を見ようとしなかった。



ーーねえ、何、作ってるの?


本当は明るく訊きたかった。


恵也のキスで、唾液だらけの身体。


吸われ続けた胸の先端には、小さな擦り傷が出来てしまい、綿のジャージが当たる度にピリリと痛んだ。


こんな状態で無邪気に、尚哉に声を掛けられるわけがなかった。


トイレで用を足し、再び、恵也の部屋に戻る。


クーラーが効き過ぎた部屋。


帰ってきてからずっと付けっ放しだ。



ーー遅え。早く脱げよ。


ちらりと横目で奈緒子を見て、恵也は言った。


ーーこの部屋、寒いよ。


奈緒子が唇を尖らしても、ベッドの上で横臥し、紫煙をくゆらす恵也は動じない。

そして、煙草を灰皿に押し付けたあと、自分の下腹を示して奈緒子に命令する。


ーー……しろよ。


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