Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
あなたが欲しい。どうしても…
午後3時過ぎ。
レバニラ定食を食べていた中年の男が立ち上がり、レジに近づいてきた。
「ごっそさん!」
男が差し出した伝票を見ながら、奈緒子はベビーピンクに控えめなラメをあしらったネイルの指でレジを打つ。
「毎度ありがとうございます。
900円になります!」
奈緒子は日々の業務で鍛えた、飛び切りの笑顔で言う。
客の男は一瞬、「おっ…」というような表情を浮かべ、緩んだ口元から、爪楊枝が落ちそうになった。
たまにしかレジに立たない奈緒子の為に母は、いつもは書かないメニューの値段まで伝票に書いてくれていた。
店の壁に値段が記された短冊が貼ってあるから、大丈夫だと言っているのに。
昼時の客が一旦、途切れたことで、白衣姿の父は店の暖簾を外すように奈緒子に言う。
「すいません〜。じゃ、また後で」
1年前から勤め始めた40歳のパートの主婦がエプロンをクルクルと丸めて、父と母に頭を下げる。
この主婦は近所に住んでいて、一旦自宅に帰り昼休憩を取るのが習慣だった。
3人で遅い昼食を摂る。
父と母は2人掛けのテーブル。
奈緒子はカウンター席に腰を下ろした。
「皆でお店で食べるなんて
久しぶりね!」
奈緒子が言う。
「そうだなあ。久しぶりだなあ」
すっかり汚れてしまった白衣の父が、フライパンを振りながら笑顔で答える。