Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
今でもラーメン屋を営んでいる父と母は、60歳を共に越えた。
2人とも、健康だけれど、父の頭は白髪だらけだし、母の背中は丸まり、少し小さくなった。
カウンター席とテーブル席が5席ほどの小さな店。
生真面目で働き者の2人なのに、数年前に近場にチェーンの安いラーメン屋が出来てからは、ギリギリの生活費を稼ぐのがやっとの状態だ。
奈緒子は月給から、毎月生活費としていくらか母に手渡している。
その分を家計の足しにすればいいのに、その金を母は奈緒子の嫁入り支度金として貯蓄していた。
「そんなことしなくていいよ。自分のことは自分でやるから」
奈緒子はそう言っているのに、
母は止めない。
「いいの。私がもらったお金なんだから。私の好きにするの」
と言う。
お互い、東北地方出身で東京の職場で知り合い、結婚した父と母は、純朴な北国の人間らしく、温厚な性質だ。
父と母は年中一緒にいるのに、あまり会話らしい会話しない。
通じ合っているのだ。
テレパシーみたいに。
年に1度、結婚記念日に近場の温泉に一泊旅行するのだけが父と母の唯一の贅沢だ。
ユニクロの店内で商品を選びながら、思う。
奈緒子が恵也にのめり込んでいた
15,6歳の頃、両親は心配しながらも娘を信用し、やりたいようにやらせてくれた。
人からみたら「放任主義」にしかみえなかっただろうが、それは違うと奈緒子には分かる。