Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
「ねえ、色違いにして、私とお揃いにしちゃわない?」
奈緒子と同い年くらいと思しき妻は、男物の衣類を手にとり、甘えるように夫に言う。
細身のパンツをセンス良く着こなした妻に、白いシャツにこげ茶のジレを羽織った夫は「うん。いいね」と笑顔で応える。
少し、尚哉に似たタイプだ。
ベビーカーには、すやすや眠るあどけない女の子の赤ちゃん。
結婚した時。
新しい生命が妻の身体に宿った時。
赤ちゃんが生まれた時。
この二人は、これまでたくさんの祝福を受けてきたことだろう。
お洒落で、
幸せそのものの若いカップル。
奈緒子は痛烈に思う。
あんな風になりたい…
家族が欲しい。
尚哉と。
奪うことはいけないことなのだろうか。
尚哉は結婚しているわけじゃない。
悪女だと人に思われたって構わない。
尚哉と暖かい家庭を築けば、悪女は良妻に変われるのだ。
『愛とは奪うこと』
そんな言葉が奈緒子の頭の中に浮かぶ。
古い映画の、キャッチコピーだっただろうか。
16年前、夜の公園で恵也と交わしたような、息もつけないほどのキスを
尚哉からしてもらいたい。
そうすれば、夢が叶う気がした。