Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
大学進学など、考えたこともない奈緒子は感嘆の声をあげる。
尚哉が立ち上がり、すっと奈緒子の前に立ち、見下ろす。
「あのさ、奈緒子」
「えっ…」
尚哉の唇がなおこ、と親密に発音したことに、奈緒子は驚いた。
これまでずっと『そっち』とか、
誤魔化すように呼んでいたのに。
「奈緒子が恵也のこと、すげえ好きだったの、俺はずっと近くで見てきたからよくわかるよ。
弟の俺から見ても、恵也は最低なヤツだと思う。奈緒子はどこも悪くねえから。
辛いだろうけど、絶対ヤケクソになんないで、自分自身を大切にして欲しいって思ってるんだ」
ーーー自分を大切にして欲しい……
柔らかく、諭すように言う尚哉の瞳と声が温かくて、奈緒子の胸に熱いものがこみ上げて来る。
「…うん。あり…がとう…」
こんな遊園地で涙など流したくなかった。
けれど、溢れ出てしまう感情を堪えきれず、奈緒子は嗚咽した。
尚哉とは午後7時に最寄り駅で別れた。
「今日はありがとう。
受験、頑張ってね!」
奈緒子は尚哉に向かい合って言った。
「おう」
尚哉は、また口の両端を引き上げる。
すっかり見慣れた彼の癖。
「あ、奈緒子。ちょっと待って」
尚哉は斜め掛けした黒いディバックを前に引き寄せ、中から小さく平らな箱を取り出した。