Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
あとはどこで笑って良いのかわからないようなジョークを言ったり、やたら、無愛想だったり。
興味のないウンチクを語られるのも困った。
胸や腰の辺りをジロジロ見たりするのは可愛い方で、タチの悪いのは、さりげなく尻を触ってきたりする。
4年前のその日。
ベテランキャディーが、プレーが始まる寸前に腰を痛め、急遽、アヤネがグリーンに出ることになった。
会社の接待で、上司達と共にこのゴルフクラブを訪れていたのが、藤木尚哉だった。
アヤネにとって尚哉は、彗星の如く現れた王子様のようだった。
プレー中、尚哉は上司や顧客達の目を盗んでアヤネに人懐こく話しかけてきた。
年配のおじさんばかりに囲まれて、彼も退屈していたに違いない。
ーー俺、先月、単身赴任でこっちに来たばかりなんだ。
あ、独身だと、単身赴任って言わないかな?
尚哉がアヤネの顔を見ていたのは、最初だけで、あとはフェアウェイの彼方を見ながら、言葉をつなげる。
ーー上司には武者修行して来いって言われた。広島は高校の修学旅行で来たけど、まさか住むことになるとは思わなかったよ……
そうですかあ〜、と愛想良く答えながら、仕事中のアヤネは、球の行方を見ていなくてはならない。
こちらから尚哉に質問している余裕はなかった。
尚哉の好ましい横顔。
アヤネのモロ好みだった。
もっと彼を知りたくなった。
プレー終了後。
クラブハウス内を拭き掃除の振りをしてウロウロしていたアヤネは、やっと尚哉の姿を見つけた。
(良かった…!まだおった!)
男子トイレから、喫茶コーナーに歩いて行くところだった。
またとない、チャンス!
これを狙っていたのだ。
『あ、すみません。お客様!』
尚哉は振り向く。
『良かったら、コレ、お願いします!』
アヤネは素早く、自分の携帯電話の番号と[良かったら、私が広島案内します]と書いたメモを、尚哉の手のひらに押し付けた。