Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
初恋のひと
コツコツコツ……
誰かが近づいてくる気配がした。
奈緒子はハッと目を開ける。
電車が名古屋駅を発車したところだった。
窓際の肘掛けに頬杖を付き、いつの間にか、うとうとしてしまっていた。
(あっ…やだ…!)
慌てて下を向いた。
サイドの髪で隠すようにして、口の
端っこに溜まった涎を手の甲で拭う。
昨夜は、なかなか眠れなかったから、電車の微妙な揺れが心地良くて口元が緩んでしまっていた。
「スイマセン…」
小さく男の声がした。
3つ並ぶ座席のうち、真ん中と通路側の2つが空いているのに、その男は、奈緒子の隣の座席のチケットを持っているらしかった。
至近距離まで近づいた男は、頭上の棚に自分の荷物を、力任せに押し込む。
(割と混んでるのに、隣が空いてて、ラッキー!と思ってたのになあ…)
奈緒子はガッカリした。
(通路側だって空いているのに…
適当に客を詰めれば、良いってものじゃない…)
鉄道会社に文句を言いたい気持ちになる。
黒っぽい服装で乗り込んできた男の身体からは、オリエンタルなお香のような匂いがした。
まだ若いようだけれど、日本人ではない、と奈緒子は直感的に思い、目を窓の方へやる。
しかし、窓の景色は防音壁ばかりが続き、風景など楽しめなかった。
仕方なく、膝のショルダーバッグからスマホを取り出す。
旅行中、バッテリーが気になるから、あまり使いたくなかったけれど。
隣の胡散臭い男から、自分の気を逸らしたかった。