Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


男は、座席にどさりと腰を降ろすと、遠慮なしに奈緒子との間にある肘掛けに自分の右肘を強引に乗せた。


(ええっ?…)

奈緒子の左肘は、半分追い出されてしまった。

見知らぬ男が無遠慮に触れてきたことが不快だった。


(何…コイツ!)


奈緒子は横目で男を窺った。

怪しげな雰囲気を漂わせた小肥りな男。

黒いハンチング帽にレイバンタイプのサングラス。

こめかみから顎までの輪郭を縁取る様な髭。
耳には、ダイヤのような小さなピアス。

まあまあお洒落な感じだ。


こんなタイプは、
奈緒子の周りにはいない。


勤め先の『キタジマ・ケミカル』では、男性社員の髭やピアスはご法度だ。


ファッション関係か、もしかしたら水商売なのかもしれない、と奈緒子は見当を付けた。


ふいに、男はすっと立ち上がり、
奈緒子は慌てて目を背ける。


何をするのかと思ったら、男は棚に上げた自分のバッグをガサゴソとまさぐり、新聞を取り出した。

着席すると、それを、バサバサと両手で盛大に広げ、奈緒子の視界の端に侵入してくる。


節くれだった男の指は身体の割には細く長かった。

右手の親指と人差し指には、ごついシルバーのリング。
黒いカッターシャツの袖口の手首からは黒い数珠のようなものが覗いていた。


(もう…なんなの。
めちゃくちゃ目障り…!)


『すみません、
新聞、少し閉じてもらえませんか』


日本語が通じるかどうか分からないけれど、それくらい言ってやらないと、気が済まない。

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