Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


「俺、台湾で広告関係の仕事してるんだ。それに、雑誌にイラスト描いたりとか、そんな仕事もしてる」


恵也は、自分の顎鬚を右手でさすりながら言った。


「イラスト?」

奈緒子はぷっと吹き出した。

恵也の上手いんだか下手なんだか分からない、奇っ怪な人物や動物の画。
良く言えば前衛的な。

その絵の横に書かれたひょろひょろ文字の、突拍子もないコメント。


「やだあ!
恵也まだ、絵描いてるんだ!」


ケラケラと笑ってしまった。


恵也は少し照れたように笑い、
「バーカ、俺だって、少しは上達したんだよ!」
と言って、右手で軽く奈緒子の肩を押した。


高校生の時と変わらない口調、仕草。

男の癖に可愛らしい右上の八重歯。


恵也がさりげなく触れてきたことで気付く。


…かすかに男の肌を求めている自分に。

身につけている紅いランジェリーのせいだろうか。


それは、恵也の弟、尚哉の為のものなのに。


車窓の景色は、ありきたりな緑の風景が続き、話題にするほどではない。


「ところで奈緒子、結婚は?」


奈緒子の顔を覗き込むようにして訊く。

昔と変わらない強引な視線。


「してない…恵也は?」


奈緒子の言葉に、恵也は安堵したように頷いた。


「そっか。俺もしてねえ。
京都に着いたら、少しお茶しよう。
本当は乾杯でもしたいところだけど、それには時間はえーし」

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