Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
◇◇ 幸せになれよ、と彼は言った。
2年近くの「友達付き合い」でわかったのは、奈緒子の31年の人生の中で、
『尚哉ほどで紳士的で、奈緒子の理想に叶う男はいない』ということだ。
尚哉は女の扱いが上手い。
気分屋なところがある奈緒子にも、
いつも穏やかで優しく接してくれる。
だから、奈緒子も朗らかに、人に優しく出来るようになった。
母や親友の歌織。
後輩の高田礼香からも、
『穏やかになった。にこやかになった』と言われる。
いつだか歌織が酔った席で、
『尚哉って、猛獣使いだよね〜元ヤン奈緒子を手なずけちゃって!』
と言い放ち、奈緒子はずっこけた。
さすがに、【猛獣使い】は、ヒドイ!と抗議したけれど。
ーーー尚哉といると、好きな自分になれる。
だから、自分の人生に尚哉が存在してくれなくては困る。
こうして、尚哉以外の男といると、尚哉の良さばかりを思い出すのだ。
見知らぬ誰かが、悲しむことになったとしても、どうしても引けなかった。
尚哉との待ち合わせは、洛北にある京懐石料理の店で午後8時だった。
出先での仕事が長引いて尚哉が間に合わないといけないので、遅めの設定にした。
前日、尚哉が店の所在地までの地図をプリントして手渡してくれたから、だいたいの場所は分かる。
恵也が今夜泊まるホテルのロビー。
「じゃあ、このホテルの前に7時半にタクシー手配しておく。そしたら、
時間ギリギリまで居れるだろ?」
奈緒子をソファーに座らせ、恵也はそう言った。
「そうね。ありがとう」
恵也はカウンターに赴いて、チェックインの手続きをする。
恵也はやっぱり少し太った。
肩の線が丸くなっている。