Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


でも、背があまり高くないから、その方が頼もしい感じだ。


恵也の背中を見ながら、奈緒子は
不思議な心地よさを感じる。


…恵也は、自分の全てを知っている。

嫌なところも、いいところも。
ありのままの奈緒子を。


思春期の多感なひと時を共有した仲。


大人達からの束縛を嫌い、2人で繭を作り、お互いの躰を温め合うように過ごした日々。


再会して、奈緒子は実感する。

青春時代の戦友とも言える藤木恵也は、
今でも特別な男だと…




恵也は、11階にあるスカイラウンジに奈緒子を誘った。


少し陽は傾きかけているけれど、今日は天気が良いから、素晴らしい眺望だろう。


「部屋は9階だ。
とりあえず、荷物置きに部屋に行こう。エレベーター向こうだ」


恵也はカードキーで、その方向を指す。

まるで、奈緒子も今夜同宿するかのように。


1度寝た相手と再び寝ることなど、その気になればたやすいことだ。

どちらかが、合図を送ればいい。


2人しか知らない記憶がまた1ページ追加されるだけの、簡単な話だ。


今の奈緒子は、恵也とかつてそういう関係だったことを忘れたふりをする。


「恵也、太ったんじゃない?」


エレベーターの前で、奈緒子はくすりと笑って訊いた。

「ああ?」


恵也が眉をしかめた。
でも、口元は笑っている。

少年の頃の面影が重なる。
ハンチングを取った頭は短く刈り込まれていた。


「ざけんなよ。これ筋肉だって。
俺、筋トレやって肉体改造したんだ。
ガッチガチだぜ」


やがて、エレベーターの扉が開き、2人は吸い込まれるように乗り込む。


箱の中には他に誰もいなかった。




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