Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
昔と変わらない無遠慮なキスは、ピンポーン…というエレベーターが9階に到着した音で中断された。
恵也は、素早く、自分と奈緒子のボストンバッグ2つを右手に持ち、奈緒子の身体を開いたエレベーターの外に押し出した。
「キャッ!」
エレベーターホールのカーペットに
ヒールを取られ、奈緒子はころびそうになった。
「奈緒子、大丈夫か?」
「……」
『わざと押したくせに…』
咎める言葉を飲み込む。
4基あるエレベーターの扉はどれも固く閉ざされ、明るい照明のホールには人の気配はなかった。
胸の中で警告音が鳴り響く。
恵也には、もうスカイラウンジに行く気はないだろう。
きっとこの階にある自分の部屋に、奈緒子も一緒に入ってくると思っている。
そして、ベッドの上でキスの続きをすると。
ーーーそんなこと、出来ない。
今はもう、愛し合ってなんかない。
私の心には、あの人がいるんだからーー
「恵也…私、ここで待ってる。
荷物置いたら、来て」
誰もいないエレベーターホールで奈緒子がいうと、恵也は頭を軽く振った。
「いいから…早く来いよ!」
奈緒子の腕を取る。
「こんなところじゃナンだし。俺の部屋で話しよう」
強引に引っ張られ、奈緒子は叫ぶようにして言った。
「嫌!恵也はそれだけじゃ済まないもん!奈緒子のこと、馬鹿にしないで!
本当に大好きだったのに……
あんな風に捨てて!」
恵也はハッした表情を見せ、腕を離した。
彼の中で奈緒子と別れた時の記憶など、忘れ去っていたに違いなかった。