Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
古都の夜・新しい朝。


(えっ!…ここ?)


店の前で、タクシーから降り立った
奈緒子は驚いた。


尚哉の予約していた店は、思ったより
立派だった。

行灯の火に浮かび上がる格子戸の門構えからして、古都らしい風情がある。


尚哉はすでに着いていて、待合室で合流した。


「奈緒子。お疲れさん」


奈緒子を見ると、細身のダークグレーのスーツ姿の彼はにっこり笑って軽く手を上げて見せた。


普段、尚哉はコンタクトをしているのだけれど、黒に近い紺のフレームの眼鏡を掛けていた。


小顔の尚哉は、
眼鏡がとてもよく似合う。

ドライアイ気味なので、休みの日は
よくそうしていた。


臙脂にベージュの細かなドッド柄のネクタイは、奈緒子が尚哉の32歳の誕生日にプレゼントしたものだ。


去年の秋、尚哉が奈緒子の誕生日にファーのストールを贈ってくれたお返しに。


そのネクタイを贈ったのは、3ヶ月ほど前だけれど、締めているのを見たのは今日が初めてだ。


似合うよ、という意味を込めて、奈緒子はネクタイの結び目の下辺りを人差し指で軽く突ついた。


尚哉は柔和な笑顔で「気に入ってるよ」と応えてくれた。


「私が選んだからね!」


胸をそらしつつも、奈緒子は心の中で
歌織に感謝する。


そのネクタイは歌織の勤めるショップで買い求めたもので、本当は
「尚哉ならこれだね」と彼女が選んでくれたものだ。


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