Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


「へえ…あいつ、実はたまにこっそり
帰国してるみたいだけどね。
全然うちに寄り付かないんだよ。
俺も3年くらい会ってない。
母親も心配してるよ。
恵也は何の仕事してるんだって。
あいつ昔から胡散臭い奴からなあ」


「ふうん。そうなの……」


尚哉が冗談めかしていうのに、奈緒子は少し笑って俯く。


本当は、尚哉に恵也と再会したことを
言いたくなかった。


こんな時に恵也の話題など、まったく野暮だ。

でも、今現在交流がないとはいえ、
恵也と尚哉は兄弟なのだ。

恵也から伝わる可能性はある。


内緒にしていては、のちのち気まずい
ことになってしまうかもしれない。


強引にされたとはいえ、恵也とキスをしてしまったことに自責の念があった。

もっと抵抗するべきだったと思う。



「…どうしたの?疲れた?」


胡座をかいて目の前に座る尚哉がビールのグラスを持つ手を宙で止め、心配そうに訊いた。


「ううん…こんないい店で懐石なんて初めてで、ちょっと緊張しちゃって」


奈緒子はビールに口を付け、照れて笑う。


石畳みの渡り廊下を歩いてようやく辿り着いた和の個室。


旅館の離れのように一つ一つが独立しているので、まるで密会しているような気分になる。

料理が出てくるまでに少し時間がかかるけれど、その分、ゆっくり会話が楽しめた。


< 200 / 216 >

この作品をシェア

pagetop