Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
「へえ…あいつ、実はたまにこっそり
帰国してるみたいだけどね。
全然うちに寄り付かないんだよ。
俺も3年くらい会ってない。
母親も心配してるよ。
恵也は何の仕事してるんだって。
あいつ昔から胡散臭い奴からなあ」
「ふうん。そうなの……」
尚哉が冗談めかしていうのに、奈緒子は少し笑って俯く。
本当は、尚哉に恵也と再会したことを
言いたくなかった。
こんな時に恵也の話題など、まったく野暮だ。
でも、今現在交流がないとはいえ、
恵也と尚哉は兄弟なのだ。
恵也から伝わる可能性はある。
内緒にしていては、のちのち気まずい
ことになってしまうかもしれない。
強引にされたとはいえ、恵也とキスをしてしまったことに自責の念があった。
もっと抵抗するべきだったと思う。
「…どうしたの?疲れた?」
胡座をかいて目の前に座る尚哉がビールのグラスを持つ手を宙で止め、心配そうに訊いた。
「ううん…こんないい店で懐石なんて初めてで、ちょっと緊張しちゃって」
奈緒子はビールに口を付け、照れて笑う。
石畳みの渡り廊下を歩いてようやく辿り着いた和の個室。
旅館の離れのように一つ一つが独立しているので、まるで密会しているような気分になる。
料理が出てくるまでに少し時間がかかるけれど、その分、ゆっくり会話が楽しめた。