Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
「それにしても、尚哉。
こんなお店高いんじゃない?
大丈夫なの?」
総務課の奈緒子は、尚哉の給料がだいたいいくらだか知っている。
中途採用の奈緒子よりもずっといい。
なのに、小さな商家の娘の奈緒子は、尚哉の懐具合を心配してしまう。
我ながら貧乏臭いとは思うけれど。
「大丈夫だよ。
せっかく京都に来たんだからね。
たまには贅沢しよう」
ワイシャツのネクタイをさらに緩めながら、尚哉はニッと笑ってみせた。
あまり酒に強くない彼は、少し頬が赤くなっている。
「ねえ。映画なんかだと部屋の奥にもう1つお部屋があって、ふすまをバッと開けたら、真っ赤なお布団が敷いてあったりするよね?
そして、真っ赤な長襦袢姿の女の人が三つ指ついて、かしずいてるの」
こんなに素敵な状況なのに、奈緒子はつい、くだらないジョークを言ってしまう。悪い癖だ。
「なんだよ、それ…なんの映画だよ?」
尚哉は、さもおかしそうに笑う。
尚哉は笑うと、目尻の下がる。
人の良い笑顔。
本当に昔から尚哉は変わらない、と奈緒子は思う。
穏やかなところ。
愚痴を言わないところ。
人の悪口も言わない。
16歳の頃、2人で遊園地に行った時のまま「心が綺麗」だと思う。
変わったのは髪型くらいで、今は、軽くパーマをかけている。