Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


「ねえ、この桜、有名だよね。
コマーシャルなんかによく出てる。
来年、一緒にお花見に来ない?」


尚哉の返事はすぐにはなかった。


聞こえなかったのかと思ったけれど
違った。

少しの間の後、尚哉は、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、桜のほうを見て言った。


「来年の春かあ…俺は、海外がいいな」


「…海外……?」


奈緒子は訝り、尚哉の顔を覗き込んだ。


「そんな時でもなけりゃ、海外旅行なんて行けねーし。
大手振って、有給取れるチャンスだし。

でも、経理の斎藤君みたいにテーマパークで絶叫マシンは、絶対ごめんだけどね」



……そんな時って……
どんな時?


奈緒子の頭は混乱する。


尚哉は、奈緒子に笑いかける。


「俺さ、実はジェットコースター大の苦手なんだ。子供の頃から。
昔、奈緒子と乗ったけど、本当は緊張して吐きそうになってた。
あれから、1度も遊園地に近づいてない」


「えっ本当…?
尚哉、笑ってたじゃない。
楽しんでいると思ってた…」


意外な告白に奈緒子は驚いた。


「そう見えた?
実は足、震えてた。
だから、帰り際に奈緒子がもう一度、ホワイトキャニオン乗ろうって言った時には、眩暈がしたよ。
ぜってーヤダ!って思った!」


尚哉は唇を尖らせ、
拗ねたように言った。


「なら、どうして遊園地に誘ったの?」


「それは……」


尚哉は奈緒子のほうにゆっくり向き、
身体に両腕を廻してきた。

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