Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
「鉛筆はないけど…
ボールペンならあります」
斜めがけした熊のポシェットから、奈緒子はボールペンと小さなリング式のメモ帳を取り出す。
「一枚くれよ。
奈緒子ちゃん、描いてあげる」
奈緒子の頭には大きな『?』マークが浮かぶ。
描いてあげるって…?
恵也はベンチに座ったまま、身体を折り曲げ、組んだ足の太腿の上に小さな紙片を置いて、ボールペンを細かく動かす。
奈緒子を書くといったのに、奈緒子の方は全然見なかった。
「はい。出来上がり!
これ、奈緒子ちゃん」
しばらくの後、恵也が差し出したのは、髪の毛が生えた埴輪が洋服を着ているみたみたいな絵だった。
絵の上の余白部分に、
『あたしNAOKO』とミミズが這ったような文字。
奈緒子は、ぷうっと頬を膨らませた。
「嘘ぉ。ひっどーい!
私ってこんなですか?」
怒る口調で言ったけれど、間抜けな埴輪の表情にやっぱり大笑いしてしまった。
「…駄目?」
恵也も笑う。
自分の絵が奈緒子にうけたからか、とても嬉しそうに。
恵也は、上手いんだか下手なんだか分からないいわゆる「へたうま」の絵を書くのが大好きだった。
彼の教科書やノートは、そんな絵でびっしりなのを奈緒子はのちに知る。