Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
そんなことを言いながらも、奈緒子は心の中で、恵也の母親の勇断に感謝していた。
自分の留守中に愛車「パープー号」が売られてしまったことに怒り狂い、
恵也は母親と取っ組み合いの喧嘩をしたという。
二人の間に割って入り、喧嘩を止めたのは、弟の尚哉だ。
その週末、奈緒子が恵也の家に行くと、台所と廊下を仕切る、ガラスの入った引き戸が外されていた。
ガラスが割れたので、撤去したと言う。
「喧嘩した時、母ちゃんが俺を突き飛ばして、激突させやがった。
そんで、ドアごとに倒れてガラスめちゃめちゃ。
ガラガッシャーンてすげえ音した。
あのばばあ、俺の怪我よりドアの心配してた。
俺、まだ松葉杖ついてるのに、全然加減しねえから。
あのクソ鬼婆ぁ」
恵也の母親は、小柄だけれど、パワフルな感じの女性で、女手一つで兄弟を育てるシングルマザーだった。
自分の母親を母ちゃん、と呼ぶ恵也は、普段から母親と口喧嘩ばかりしていたけれど、根はマザコンなのを奈緒子は見抜いていた。
藤木兄弟の家庭環境は複雑だった。