Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
尚哉が去った途端、奈緒子は礼香を軽く睨む。
(ちょっとちょっと……礼香ちゃーん。
さっきの笑い方、
ちょっとエッチなんじゃない〜?
ここ会社よ〜?)
奈緒子の視線に、気付いた礼香はちょっとバツの悪い顔をした。
しきりにネイルの指先を気にする振りをする。
奈緒子が中途採用されたこの会社で、
偶然再会した初めての彼・恵也の弟、
藤木尚哉。
尚哉は奈緒子と同い年だから、31歳だけれど、奈緒子同様、ずっと若く見える。
尚哉は、入社3年目にして、東京本社から広島の呉にある支店に転勤になった。
4年間、そちらで過ごしたあと、2年前やっとこちらの横浜支社に戻ってきた。
部署のフロアは違うけれど、偶然、廊下ですれ違った瞬間、奈緒子は中学時代の同級生、藤木尚哉だとわかった。
鶴見にある工場での打ち合わせから帰ってきたばかりの彼は、グレーの作業服にワインレッドのネクタイを締め、下は濃紺のスラックス。
脇にはノートパソコンを抱えていた。
『尚哉!尚哉でしょ?私、奈緒子!』
いきなり、廊下で呼び止められ、身を翻した尚哉は怪訝な顔をした。
自分の前にいる肩までの緩やかな巻き毛の女が、自分の兄、恵也の高校時代の
元彼女「坂本奈緒子」だと気付くまで、少し時間がかかった。
『へえ…奈緒子かあ。
綺麗になったね』