Breathless Kiss〜ブレスレス・キス

奈緒子が少し不機嫌になっていることに焦った礼香は、カウンターの内側にある棚に、自分のサブバッグを押し込みながら、殊更明るい声で言った。


「もう、急に生理になっちゃってえ。
ナプキン取りに、ロッカーまで行ったら、男子ロッカーから、藤木さん出てきて。これから現場行くんですって。
スーツ姿もいいけど、作業服もかっこいいですよって褒めてあげたら、藤木さん、
『ありがとう、礼香ちゃん』って投げキッスしてくれましたあ」


「投げキッスって…」


話の矛先を別なところに変えようする
魂胆が見え見えだったのに。


尚哉のその姿が目に浮かんで、
奈緒子はつい吹き出してしまった。


礼香の作戦勝ちだ。




2年前の春。

発令された人事異動の貼り紙を見て、奈緒子は目を疑った。


[4月1日付
藤木尚哉 広島支店から横浜支店]


会社の組織表はもちろん見たことがあるから、藤木尚哉という人物がいることは知っていた。

でも、今まで、同姓同名だと思っていた。

それがあの尚哉本人だと分かり、奈緒子はものすごく驚いた。



『キタジマ・テクニカル・エンジニアリング』のキラ星、藤木尚哉29歳。


その彼が、奈緒子の中学時代の同級生だと知ると、総務課の女子社員たちは、ハンパなく食いついてきた。


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