Breathless Kiss〜ブレスレス・キス


今、彼氏はいないという礼香は、同い年の斎藤が結婚したことが面白くないのだろう。

言葉の端々にあからさまな悪意が感じられた。

もちろん嫉妬ではない。
揶揄しているのだ。


礼香は奈緒子が草津で、斎藤に空き部屋に連れ込まれたことは知らない。


これは、恥ずかしすぎる。

知られてしまったら、先輩の面目、
丸つぶれだ。
元ヤンの過去と同じくらいのトップシークレットに値する。

どちらも、知っているのは藤木尚哉だけだ。


あの日、ホテルの空き部屋で、奈緒子の顔面パンチを受けた斎藤は、逃げ出すように廊下に転げ出たのだが、足を滑らせ転倒、見事、右上前歯が半分欠けてしまった。


あいつ(斎藤)のことは思い出す度に、もう1回殴ってやりたい気分になる。


というのも、社員旅行から帰ってきて3日後。


奈緒子の気分を逆撫でするようなことが起きた。

先週の水曜日の午後のことだ。


奈緒子が乗ったエレベーターのドアが閉まりかけているのを誰かが
『ゔぁぁおおお〜!』と叫びながら強引にこじ開けた。


その間抜けな奇声で、嫌な予感はしたけれど、やはりそうだった。


乗り込んできたのは、経理課の斎藤だった。

狭い箱の中で
2人きりになってしまった。


ゲッと思ったが仕方ない。

急いで受付に戻らなければならなかったので、降りるわけにもいかなかった。

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