Breathless Kiss〜ブレスレス・キス
同じ空気を吸いたくなくて、奈緒子は息をするのを最小限にした。
階数ボタンの前に立つ斎藤は、奈緒子の方をチラチラ見る。
どうやら、欠けた前歯は仮歯を入れているようだった。
奈緒子は、腕時計を見る振りをして、
必死でその不快な視線を無視した。
やがて1階に着き、ドアがゆっくりと開いたタイミングで振り向いた斎藤は、
嫌らしくニヤリと笑い、言い放ったのだ、
『坂本さん、痩せてるのに、
結構、胸デカイッすねっ!』
……右手の指をへこへこ動かし、胸を触る仕草をしながら。
(なっ…!なあに〜〜⁈)
奈緒子は、カッと血が昇った。
とっさに持っていたバインダーで斎藤の頭を殴ってやろうかと思ったけれど、あまりの気色悪さに足が萎えた。
「悔しい〜
あんな奴に胸を触られるなんて…
あいつのことだから、私のと自分の婚約者と比べてそうだよねー。
ああ腹立つ〜
触られ損だよ!」
『尚哉も触ったことないのに』
という言葉は、自粛した。
「…触られ損って〜…」
スーツの上着を脱ぎながら、尚哉は奈緒子の『触られ損』という言葉に、ぷっと吹き出した。
尚哉の頼んだジョッキのビールがきて、ようやく2人は乾杯する。