Blue Note ― ﾌﾞﾙｰﾉｰﾄ

霧雨の中で

時計を見る｡
まだ夕方の5時もまわっていない｡



まだこんな時間か､とアノンは息を吐く｡ 吐いた息は､白く染まりながら､瞬時に消えていった｡



アノンの目の前を過ぎるように､鳥達が低く飛ぶ｡灰色の空を見上げながら､一雨きそうだ､と少し歩を速める｡



季節の変わり目か､最近は雨が多い｡ 雨が降る度に平均気温は下がっていき､季節が冬へ近づいている事が､肌で感じとれた｡



今日のように､日が沈まないうちに家路につけるのは､アノンにとって稀な事だった｡



いつもなら､まだ大学に残っている筈の時間なのだが､教授が本日､MBﾋﾞﾙで行われる学会に出張してしまったため､今日は講義が受けられなかったのだ｡



ふと､足を止める｡


遠くに､夕日を反射してオレンジ色に染まったMBﾋﾞﾙが見える｡
我が国において､医学界の中心であり医療の最先端を走る<Madonna Blue>と称される最大の医療組織｡



国に認められた優秀な医師のみが､あのﾋﾞﾙでの先端技術の研究､および職務に就くことが許される｡



あのﾋﾞﾙで仕事をする事が､医師として最大の栄誉(えいよ)であり､誇りでもある｡



金が欲しい人､名声が欲しい人､ただ純粋に医師として働きたい人｡
理由は人それぞれ違っても医師達は皆､あのﾋﾞﾙで働く事を望んでいた｡



医者を目指す者として､それはアノンにとっても変わらない｡ いつか医者になったら､あのﾋﾞﾙで働きたい､沢山の命を救いたい､




そして､あの人に会いたい｡



自分をどん底から救い上げてくれたあの人に､もう一度会いたかった｡
会えるんだと､この時は本気で思ってた｡

そう､思ってたんだ｡






あのノートを､手に入れるまでは､



そして､あの少年に



出会うまでは