春秋恋語り
5 彼の部屋
「鳥居さん、これ急ぎだけど頼めるかな」
「理事視察の工程表ですね。すぐにできますよ」
「頼むよ。いやぁ、さすがだね。私は何度やっても覚えられなくてね」
「いえ、以前はすべて入力しなければならなかったので手順も多かったのでしょうが、今はソフトがありますから」
それでも、パソコンが苦手な世代の最後と言われている常務理事は、私を尊敬の眼差しで見てくれた。
助かった、いつか食事でも……と、これも常務らしい世代の礼の仕方を告げてくる。
楽しみにしていますねとさりげない返事をして、さっそく仕事に取り掛かった。
後方でヒソヒソと内緒のつもりか、噂話がはじまった。
私と常務のやり取りを聞いていたのだろう 「鳥居さんてさぁ」 と話し声が聞こえてきた。
キーボードを叩きながら、私の耳は後方へと向いていた。
「鳥居さん、常務と食事にいくのかな。信じられないよね、あんなおじさんとご飯食べて何が楽しいのかな」
「楽しいとかじゃなくてご機嫌取りじゃないの? 誰か紹介してもらえるかもしれないじゃない」
「誰か紹介するって?」
「この前だって、常務の紹介で会ったみたい。見かけた子がいるのよ」
「鳥居さん結婚するつもりあるんだ。へぇ、おひとりさまが好きなんだと思ってた」
「ちょっと、声が大きいわよ」
聞こえてますけど……
振り向いてそう言おうかと思ったけれど、バカらしくてやめにした。
役員のご機嫌取りだって?
冗談じゃないわ、私が仕事ができるから声がかかるだけなのよ。
アンタたちの数倍は仕事をこなす自信があるんですから。
それにしても、田代さんとのこと良く知ってるわね。
誰かが見てたって?
それだけでそんな風に考えつくなんてたいしたものね。
しかし、女ってどうして群れになりたがるんだろう。
一人が不安だからって言うけど、それだけ口が達者なら、どこでだって十分やっていけると思うけど。
バカらしいと思いながらも、心の内の愚痴は止まらない。
だけど、聞き流す、聞き流す……
あの子たちの話に牙をむいたって、余計なことを言われるだけだ。
私も大人になったもんだわ。
前にもこんなことあったわね。
あの時も常務に頼まれた仕事の最中で、今日みたいに彼女たちの話が聞こえてきて、だけど、あの頃の私は、聞き流せるほど大人じゃなかった。
キーボードを叩きながら、今にも爆発しそうな顔をしてたって、あとで御木本さんに笑われた。