春秋恋語り
廊下にロッカールーム、洗面所に給湯室、女のおしゃべりはどこでだって花が咲くもの。
綺麗な花ならいいけれど、毒をもった花になることも多いのよね。
特に先輩の噂話は……
「鳥居さんって結婚してませんよね。歳っていくつですか?」
「私もよくわかんないけど、32か3とかくらいじゃないかな」
「もうすぐ35だって。総務のコが生年月日をみてびっくりしたって言ってた。
若く見えるよね。肌もきれいだし」
当たり前でしょう、お肌にかける時間もお金もアンタたちとは違うのよ。
「けど、いくら手入れしたって、見てくれる人がいなきゃ」
「だからコンカツに忙しいんじゃない。合コンも厳しいでしょう。鳥居さんくらいになると必死で探さなきゃ」
「結婚相談所とかに入会するの? いやだぁ、私、そんなところで知り合った人と結婚しましたなんて絶対言えない」
女はね、自分で鏡を見て変化に気がつくのよ。
人に見せるために手入れをするんじゃないの、今にアンタたちもわかるわよ。
紹介所に入会して何が悪いのよ、自分の理想の相手が見つかれば、それでいいじゃない。
あっ、次の話題になっている。
御木本さんが……何? 聞こえないじゃない、もっと大きな声で言ってよ。
私の耳は、仕事そっちのけで彼女らの声を拾うことに集中していた。
「……うそ……ホント?」
「わぁ、独身かと思ってた」
「離婚したから独身よ」
「そっか、バツイチか。カッコいいじゃない」
あっ、そう。
バツイチはカッコよくて、未婚はカッコ悪いのか。
ふぅん、彼女らの価値観ってわかんない。
気にしないと思いながら、そのときの私は相当頭にきていたんだと思う。
キーボードを思いっきり叩いていたんだから。
「パソコンが壊れるよ。キーボードはソフトに扱いましょう、そう習わなかった?」
「私、パソコン習ったことないです。自分で覚えました」
「俺もだよ」
御木本さんはそういうと、ちらっと噂話の主たちのほうへ視線を向けたあと私の方に目を戻して 「気晴らしに行かない?」 とささやいた。
「あの店マスターが鳥居さんを気に入ってさ、また連れて来てって頼まれた」
「行きます」
「了解」
その夜私たちは、日付けが変わる頃まで語り明かし、マスターから ”もう常連さんだよ” と嬉しい言葉をもらった。
この前と同じように……じゃないわね。
店を出て間もなく、彼が差し出した手を握りかえした。
タクシーの拾える通りまで歩き、繋がれた手を離すことなく、二人で一台のタクシーに乗り込んだ。