春秋恋語り
その夜、私は携帯を前において考えた。
御木本さんに電話をしようか、それとも田代さんにかけようか。
すぐに会えるのは田代さんだけど、話がスムーズに進むのは御木本さん。
うーん、二人へ同時に行動を起こすってのはどうだろう……
これって二股?
違うわね。
どちらからもハッキリした意思表示があったわけじゃないし、ここは私の気持ちで動けばいいのよ。
腕組みをし、さてどうしたものかと思案していると、目の前の携帯がいきなり音を立てた。
予想しない事態に私は飛び上がるほど驚き体がびくついた。
それは、御木本さんからの電話だった。
『家にいたんだ……総会の準備は進んでる?』
『今日は早く帰れたの。そっちも忙しい時期でしょう? 全国総会の裏方って大変そうですね』
『うん、初めてだからね。わからないことだらけで走り回ってる。今夜も残業』
『ご飯食べてます? コンビニばっかりじゃダメですよ』
『帰りが遅いからね。まぁ、なんとかやってるよ』
『ご飯を作ってくれる人、探さなきゃ』
『えっ? あぁ……でも、いまさら面倒なんだよね。じゃぁな、また電話する』
面倒ってどういう意味?
食事も満足にできないほどの忙しさなのね。
そんな人に 「今後のおつきあいですが……」 なんて言えないわね。
はぁ……と思わずため息がでた。
御木本さんがダメなら田代さんと、ってのもちょっと節操がないような。
うーん……とまた考え込む目の前で、 またも携帯が着信を告げた。
『次の土曜日会いませんか。県南にできた県外資本のホテルのレストランが美味しいって、評判みたいです。
そっちは僕の実家方面なので、鳥居さんを案内しようと思って』
『そのホテル、雑誌で紹介されてましたね。土曜日なら大丈夫です』
『じゃぁ、土曜日の10時、迎えに行きます』
電話を切った私は、ちょっと興奮気味だった。
実家方面ってことは、自分のテリトリーを紹介するということだ。
そのままご両親にご対面も……あり?
デニムじゃまずいかな、ワンピかスーツ?
それじゃあまりにも決めすぎよね。
食事に誘われただけで私の頭は想像の嵐になり、あれこれと仮想で埋め尽くされていく。
先に動き出したのは田代さんだった。