春秋恋語り
海辺の風景を見ながら海岸線をひた走る。
運転席の田代さんはカジュアルな服装だった。
でも、くだけた格好じゃない、ちゃんとジャケットを着用している。
私もニットのアンサンブルにして正解だったわね。
ハイグレードの車の助手席って、なんて気分がいいの。
私たちの年代だから手にできる車よね。
若い子が乗ってもサマにならない、落ち着いた大人が乗ってこそ絵になるんだから。
土曜日の田代さんとのランチデートに私は浮き足立っていた。
運転しながら、田代さんが地域の案内をはじめた。
「あそこ、見えますか。石垣のある門があるでしょう」
「見えます。高校ですね」
「僕の母校です。久しぶりに来たけど校舎も当時のままなんだ。変わってないなぁ」
「わぁ、名門校じゃないですか。進学率がすごいって聞きますよ」
「古いだけです。伝統はありますが、地方の高校ですから」
自分たちの頃はわりと自由な校風で、休み時間に学校を抜け出して近所のパン屋に行ったとか、
ゲームセンターが地方にもできはじめた頃で、放課後は同級生達と通い詰めたなんて話もしてくれたが、
遊んでばかりではなかったのは、その後の進学先でわかるというもの。
遊びも勉強も一生懸命な人って、ちょっといいかも。
始まったばかりのランチデートは、すでに私の中で二重丸になりつつあった。
「県外資本のホテルですが、地元の雇用にずいぶん貢献しているらしいですよ。
僕の従兄弟も、ここが出来てUターンしてきたんです」
「地元に仕事があるっていいですね」
「あそこで、かしこまって客を迎えているのが従兄弟です。今日も席を予約してくれて」
田代さんの視線に気がついたのか、従兄弟さんは軽く手を上げたあと、私に営業用のお辞儀をしてこちらに歩いてきた。
「お待ちしておりました。本日のおすすめはこちらでございます……
脩平、こっちは仕事なのに美人とデートか。叔母さんに報告するか」
「お袋なら知ってるよ。あとで顔を出そうと思ってる」
あとでって……私も一緒に?
で、このまま話が進んじゃうのかな。
展開が速すぎない?
メニューを見ながら、私の頭は今日の返事をどうするかを懸命に考えていた。
お母さんにお会いするのはいいけれど、そのまま正式な話になっては困る。
でも、ここまで来て嫌です、ともいえないし、でもでも、田代さんは嫌じゃない。
いやどころか、いいかもと思ってる。
お母さんにお会いしたら、なんて挨拶しよう……
「鳥居さん、決まりましたか?」
「あっ、ごめんなさい。まだ……どれもおいしそうで」
「じゃぁ、僕が決めてもいいですか」
「はい、おまかせします」
田代さんは従兄弟さんのすすめる特選ランチをオーダーし、単品でほかに二品を注文した。
迷わず決めてくれる男性って、グイグイ引っ張ってくれそうで頼りがいがある。
料理が運ばれてくる間は田代さんの学生時代の話になり、ユーモアを交えた話しぶりに楽しい時間を過ごした。
料理はもちろん最高、彼の話術もなかなか、てきぱきと物事をすすめる姿勢も好感が持てる。
田代さんの話に相槌を打ちながら、自分の気持ちがいよいよ彼に傾いていくのを感じた。