春秋恋語り
食事のあと実家に寄りますと言われ、少し、いや、かなり緊張していたけれど、
頼まれていた品物を渡すだけだからと聞き内心ホッとした。
玄関先で、挨拶程度でお会いした田代さんのお母さんは、彼に良く似た目元の優しい方だった。
お茶でもとおっしゃってくださったが、彼がまたくるからと断ってくれた。
「今日はあちこち引っ張りまわしてしまって、疲れたでしょう」
「いいえ、ありがとうございました。県内でも知らないところばかりで」
「まだまだ紹介したい場所はたくさんあるんですよ。あの、良かったら明日もどうですか?」
「明日ですか、明日は ちょっと……ほかに用事があるので、すみません」
人生の中で ”モテ期” というのがあるそうだが、私は今まさにそうなのではないかと思っている。
先々週のこと、何かと面倒見のいい叔母から ”会わせたい人がいる” と電話をもらった。
これまでも何度かそんな話はあったのに、私にその気がなく断り続けていたが、今回は叔母の押しに負けた。
『梨香ちゃん、一人で暮らしていくのもいいけど、誰かと一緒にいるのもいいものよ。
一度くらい結婚を経験してみなさいよ。経験しなきゃ、いいも悪いもわからないでしょう』
なるほど、叔母の言うことももっともだと思い、先週会うだけ会った。
けれど私にピンとくるものがなく、ごめんなさいとお断りしたのだが、
『梨香ちゃんのこと、すごく気に入ったみたい。どうしても、もう一回会わせて欲しいっていうのよ。
会うだけならいいじゃない。二度目に違う面が見えるコトだってあるのよ。
それでも嫌なら断ってくれていいから』
と、半ば強引に叔母が二度目の席をセッティングしたのだった。
こんなこと、まさか田代さんには言うわけにはいかない。
だから用事が……と濁したのに、
「もしかして、お見合いとかってことないですよね」
「えっ……」
とっさに取り繕うことができず、私は 「はい、そうです」 といわんばかりに驚いてしまった。
「やっぱりそうでしたか。なんかそんな気がして、僕の勘もすごいな」
「すみません。どうしてもお断りできない方だったので、義理で会うだけです」
そんなこと言うつもりもなかったのに、義理で会うだけですなんて、いかにも断る話ですと言っているようなものなのに、
ほかに言葉が見つからず、私は 「会うだけですから」 とまたくり返した。
「その話、断ってもらえませんか」
「断るつもりですけど……」
「今後、他の見合い話があっても全部断ってください」
田代さんの真剣な顔が私を見つめている。
他は断ってくださいって、これって自分とだけ付き合って欲しいってコト。
私、結婚を視野に入れた交際をしたいと言われたんだ。
田代さんの勢いに、思わず 「はい」 と返事をしそうになったけれど、”はい” の一言を告げるのを私はためらった。
すぐに返事ができなかったのは、御木本さんの顔が浮かんだから。
彼のことなんて忘れて、田代さんと……と思っていたのに、こんなにも気持ちが残ってたなんて。
私、まだ御木本さんを忘れられない、忘れてなんかいない。
田代さんの真剣な申し出を嬉しいと思いながら、皮肉にも自分の気持ちを自覚した。