春秋恋語り
「鳥居さん、一人暮らしですよね。もしかして、自分のマンションですか?」
「まさか、そんな余裕あるわけないじゃない。賃貸よ、でもいつかは欲しいわね」
「結婚って考えないんですか?」
「えっ?」
「だって、自分のマンションを買うってことは、そういうことかなと思って」
「あぁ、そうね。どうだろう、でも一人でいるのは好きよ」
「だから、昼もおひとりさまなんですか」
「慣れれば一人のほうが気楽なのよ」
ふぅん……と生意気な後輩は、理解できないといった顔をした。
桜の花を眺めながら昼食を食べようと、ビルの屋上でサンドイッチをつまんでいたら、こんな風に話しかけられた。
若い子はグループを作りたがる。
私も昔はそうだった。
けれど、仕事の時間が増えてくると、交代で昼食をとらなくてはならなくなる、誰かを待っていては食事を取りそこなうのだ。
必然と一人で食事をとることが多くなり、それに伴なって一人の時間が楽になっていった。
『おひとりさま』 なんて言葉、いつから聞くようになったのかな。
良くも悪くも私の世代に使われることが多いけれど、それにしても面と向かって 「お昼も おひとりさまなんですか」 はないでしょう!
「結婚って考えないんですか?」 って無神経に聞く?
先輩に対する言葉の使い方ってのがなってないわね。
そうだ、彼に聞いてもらおう。
この頃のコって、言葉もちゃんと使えないわね、そう思わない? と伝えようと考えたところで現実に引き戻された。
そうだ、あの人、もういないんだ……
「本部に行ってくれないかって言われてる」
「すごいじゃない。それって見込まれたってことでしょう。わぁ、頑張ってね」
彼から異動の打診があったと聞かされたとき、私は思ったことを素直に言葉にした。
話し相手がいなくなるのは寂しいけれど、希望のある人の背中を押すのは大事なこと。
そう……私たちは、良き話し相手ではあったけれど、恋人というには不完全で、
友人よりは親しくて、ときどき恋人に近い関係にはなったけれど、それは、そのとき必要だったから。
ふたたび眼下の桜へ目を向けた。
風に花びらが舞い、はらはらと散っていく。
行き先のない花びらは私と同じかも。
春の憂鬱を抱え込み、私は 『おひとりさま』 の昼休みを終えた。